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絵画教室アトリエオーブ/画家 今尾則之のブログです。
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ご承知の通り、先週パリで悲しい事件が起こりました。

もう10年の昔になります。
僕は10区のサンマルタン運河の近くに住んでいました。当時は事件が起きた
お店はまだ無く、同じ通りの角にあのカンボジアレストランの本店がありました。

パリでは珍しく予約を受けないお店で、夜8時の開店前には必ず人の列が出来て
いました。厨房の老夫婦は帰り際に声をかけるとニコニコしながら応対してくれて、
フロアでは娘さんのご主人らしき人がテキパキと仕切っていました。
どの料理もホントに美味しくて、僕らは春巻とボ・ブン、ナタン、スーププノンペン
というメニューをよく注文していました。

ウチから歩いて5分くらいでしたので、開店時に座れるよう8時少し前を狙って、
妻とホクホクしながら河を越えて足繁く通ったものです。

少し気持ちを寄せると、サンマルタン運河の生臭さ、あの通りの色、
お店の匂いと過ごした時間など、懐かしい空気感がすぐに思い浮かべられます。


Je vous présente toutes mes condoléances.
On pense à vous, les gens de Paris.

心よりお悔やみ申し上げます。




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街はハロウィン一色となっています。

2006年フランスから日本に戻って来た時、テレビを観れば知らない人が人気者に
なっていたり、普段生活していても自分たちの知らない情報が氾濫していたりして、
要するに軽い浦島太郎のような気分を味わいました。

ハロウィンもその一つで、日本を発つ前は一部でしか盛り上がっていなかった筈が、
帰ってみると、当たり前のように日本の年中行事となっていて驚きました。

僕も子供の頃に「E.T.」を観て、

「大人も子供も仮装して街に繰り出す行事があるなんて!アメリカって!」

と、とても羨ましい気持ちがしたことを良く覚えています。

まぁ、日本では未だに賛否両論あるようで、かくいう僕もハロウィンが何の日かは
耳学問程度でしか知りませんが、クリスマスも似たようなものですし、皆でハッピー
になれるのならそれが一番でしょう。

代々木上原駅前商店街でも恒例のハロウィン飾りが登場しました。



こちらアトリエの入っているビルの目の前にある、上原駅前会館です。
表だけではなく、中にも「これでもか」というくらいにカボチャが飾られています。



子供たちのためにと、毎回行事に力を注がれている商店街組合の皆さんの熱意に
感心させられます。



さてタイトルにもある通り、駅前商店街では31日にハロウィンイベントを催し、
その前後期間中に加盟店がそれぞれサービスやセールを行なっています。

せっかくですので、このアトリエもささやかながらキャンペーンに参加させて
いただくことになりました。

10月25日(日)から11月29日(日)の期間中、アトリエにご入会いただいた方に
もれなく高級水彩紙スケッチブック(B5/20枚セット)を差し上げます。

店主自ら品定めをしまして、紙質・厚みともに申し分なく、デッサンやパステル、
水彩画にも存分にご活用いただけるスケッチブックだと思います。

もちろん無料体験授業も随時受付していますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

これからも、描きたい皆さまのための絵画教室アトリエオーブを
どうぞ宜しくお願いいたします。




先日、アトリエの窓看板を貼り替えました。

以前のブログでもご紹介した、あの貼った本人も気づかず通り過ぎてしまうという、
ビミョーな位置にある看板です(詳しくはブログ「アトリエの景色」をご覧下さい)。

前述のブログでも書いた通り、この前までのものは屋内展示用ポスターを
テープで貼って使っていました。線路のある窓側は陽当たりも良く、案の定一年ほどで
ヨレヨレになってきて、最近とうとう表面がパリパリ割れ出してしまいました。



見つけづらいとはいえ、腐ってもアトリエの看板、このままじゃいけない!!

...と、それほど大げさではありませんが、ちょうどネットで窓広告専用のシートに
印刷してくれる業者さんを見つけたので交換することにしました。

こちらが出来上がった広告です。



文字面に糊が付いていて窓の内側から貼れます。
前回のデザインは控え目だったので、今回はもう少し図々しく(?)してみました。

さて、ここからが難題です。

「出来ることは自分でやる」というコンセプトで始めたこのアトリエですが、
窓広告貼りなんて、一発勝負みたいな作業がこのシロウト職人に出来るでしょうか?

踏ん切りのつかないまま数日間が経過しましたが、さすがにモノが届いている以上
後戻りも出来ないので、アトリエの休日を利用して作業スタートです。

まずは以前の看板を剥がして窓のクリーニングです。
今回はホームセンターで買ったスクレーパー(ペンキやステッカーを剥がす工具)が
大活躍で、以前のテーブ跡や汚れを驚くほどスムーズに取り除いてくれました。

次に広告を貼る位置を決めます。
ある意味これが一番重要で、すべて貼り終えてから、

「あ、ズレてた」

では取り返しがつきません。メジャーと目測で何度も何度も確かめたあと、
マスキングテープで印を付けます。

さて、いよいよ貼りの工程です。
今回は水貼りという方法で貼ることにしました。
少量の洗剤を溶かした水をスプレーを使ってまんべんなく窓に吹き付けます。



次に広告の保護シールを剥がして、広告自体にも同じくスプレーで吹き付けます。
余談ですが、スプレーしながらの自撮りというのはヒジョーに難しいです。



そして貼り付けです。ちなみに今回の水貼りという方法は窓とシートの両方に
水を吹き付けているので、すぐにくっつかず調整も出来ますし、初心者には
良いかもしれません。もしこれから窓広告を貼る予定の方がいたらお薦めします。

さらに微調整が終ったら、専用のヘラでシートの内側に入り込んだ水と気泡を
中心から外へと押し出していきます。

...ってスミマセン、さすがにこの作業中は写真撮る余裕がありませんでした。

初めてですし、ある程度は予想していたものの、やっぱり時間がかかります。
かれこれ格闘すること二時間余り、途中、少し心が折れそうになりましたが、
なんとか無事に貼り終えました。

こちらです!



裏からですが、我ながら結構上手くいったのではないかと思います。
後日電車から確認すると、見つけづらいのは変わりませんが、まぁ合格点でした。

アトリエの内装を手がけた時にも思いましたが、慣れない作業で大変な分、
完成した時はものすごく愛着が湧きます。今回の窓広告も大好きになってしまって、
今でもヒマさえあれば眺めてしまいます。

ということで、この店主自らが貼り付けたアトリエの窓看板、
小田急線は小田原方面の路線しか見れませんが、東京メトロ千代田線と併せて、
もしお近くにお越しの際にはぜひご覧下さい。



ようやくあの暑い日々から解放されたようです。
暑くもなく寒くもなく、日本は今が一番過ごしやすい時期かも知れません。

さて、先日国立新美術館に行きました。



パリ時代の友人である彫刻家浮田麻木さんが新制作展に出品されていたので、
新作を拝見しに伺いました。



浮田さんとは共通の友人を通じて、パリで初めてお会いしました。
お互い子供の頃に通信教育で拳法を習ってたという多少恥ずかしい過去を持ち、
また好きな作家や音楽の趣味が似ていたりと共通点が多く、以来、何かと
親しくさせていただいています。

思い返すと浮田さんとのパリの想い出と言えばいつも酒席でした。
というよりも、酒を飲まずに浮田さんと会うことが一度もなかったかもしれません。

浮田さんは酔いが回ると、自宅でも他人の家でも何処からかギターを取り出します。
そしておもむろに、

「イマオ君、鼻をつまんでくれませんか?」

とリクエストしてきて、言われた通りに僕が鼻をつまむと
まず郷ひろみの「哀愁のカサブランカ」を弾き語りで唄い始めます。

一曲目が終ると続けてかぐやひめの「神田川」を弾き、最後にサザンの
「Ya Ya(あの時代を忘れない)」で締めて、それを3回くらい繰り返します。

3曲ともジャンルも毛色も全く違う曲のハズですが、浮田さんの演奏で
何度も聴いていると、だんだん曲の境目が分からなくなって、仕舞いには
すべてが1曲として聴こえてきます。

ある時は他人の家で泥酔してクイーンの「We are the Champions」をアパート
の中庭に向かって二人で絶唱したり、またある時はパーティーで酔いにまかせて
デタラメタンゴを踊ったりと、まぁ、お互いのびのび生きていました...。

そんな浮田さんですが、彫刻に対して人一倍リスペクトの気持ちを持っていて、
彼の発言や態度を見ていると、彫刻や創作をある種聖域のように考えて
いるんじゃないか、という印象を受けます。パリ時代はもっぱら鉄の彫刻を
作っていたのですが、日本に帰国後は木彫に移行しました。




以前から別々に取り組んでいたバイクと牛のモチーフが、今回の新作では融合され
一体となっていました。形になるギリギリのところで木片が組み上げられていて、
流石だなぁ、と、あらためて感心しました。

そんな浮田さんに今一番の目標を訊くと、
ギターのアルペジオをマスターして「アルハンブラの思い出」を弾くことだそうです。

ここが彫刻じゃないところがまた流石です。




9月に入り、また暑さがぶり返して来たようです。

さて先日アトリエの合間を縫って、一泊で長野県松本市に行ってきました。

今、松本では「セイジ・オザワ松本フェスティバル」が開催されています。
そのプログラムの一つで、前回のブログにも書いた奥志賀高原のアカデミーと、
毎年スイスで開かれているもう一つのアカデミーの生徒さんたちによる合同の
コンサートが行なわれました。

早いもので最後に松本を訪れてから15年(!)が経ちます。
大学卒業後からサイトウ・キネンに携わるようになって、パリに行くまでの約8年間、
スタッフを辞めた後も何だかんだと毎夏を松本で過ごすのが慣例となっていました。
生まれも育ちも東京の自分にとって、松本は第2の故郷のような気持ちでした。

...しかし15年の歳月というのは恐ろしいものです。
久しぶりに降り立った松本は、駅のホーム以外はすべて新しくなっていて右も左も
分かりませんでした。昔は車で街を走り回っていたのですが、移動中のタクシーから
景色を眺めても、自分が何処を走っているのか全く分からなくて、少なからず
ショックを受けました。

第2の故郷のはずなのに...。

それはさておきメイン会場のキッセイ文化ホールに着くと、さすがにこの辺は昔と
全く変わらず、二十代の頃をあれこれ思い出しました。またスタッフやメンバーなど
懐かしい方々にもお会いすることができました。

その夜のアカデミーのコンサートは、6組のカルテットによる室内楽と全員揃っての
弦楽合奏というプログラムでした。室内楽はもちろん、後半の弦楽合奏も素晴らしく、
演奏会は無事成功裡に終了しました。奥志賀組はもちろん、スイス組にも少しご縁が
ありまして、毎回僅かなお手伝いで今回も一日だけの合流となりましたが、それでも
何か感慨深いと言いますか、思うところがありました。

舞台裏や打ち上げの際に、奥志賀やスイスの外国人メンバーが覚えてくれていて、
声を掛けてくれました。スイスのメンバーとは7年振りで、僕は例によって仏語も
英語もヘロヘロでしたが、再会を喜び合うことが出来ました。

ということで久々の松本滞在話でした...が、

...すみません、また写真を撮り忘れました。

今どきこんな文字情報だけのブログというのは珍しいのでしょうね。
普段写真を撮る習慣がないので、気がつくとすぐ忘れています。

うーん、このままだとますますオッサン化が進みそうですので、
次回こそは写真付きでアップします。

...たぶん。


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プロフィール
HN:
今尾則之
年齢:
53
性別:
男性
誕生日:
1971/02/13
職業:
画家
趣味:
古本屋巡り
自己紹介:

東京都生まれ。

1993年 日本大学芸術学部美術学科絵画コース卒業。
2000年 フランス留学 (パリ)

2001年 アカデミー・ド・ラ・グランショミエール在籍

2004年 フランス学士院芸術
アカデミー主催 Paul-louis WEILLERコンクール'04 入選

2006年 帰国
2006年〜08年 デッサン教室講師 (池袋)

2009年 日本芸術センター主催 第3回絵画公募展入選

2010年 個展“La Résonance”
開催 (Gallery 5610/南青山)

2012年 個展“Le Reotur”
開催 (Gallery 5610/南青山)

2009年〜13年 絵画教室講師 (吉祥寺)

2013年 絵画教室 アトリエオーブ開講 (代々木上原)
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